『リブラ 時の秤』 ドン・デリーロ
2009年 04月 16日
現存するアメリカの作家で最も尊敬するドン・デリーロの80年代に書かれた作品が、リー・ハーヴェイ・オズワルドの物語をフィクションで仕立てた『リブラ 時の秤』。 宗教やもちろん彼の場合人種がJFK暗殺を思い出させる若い大統領が就任したので読んでみました。 事件に関与した組織にオズワルドが巻き込まれる過程と、家族やジャック・ルビーなど間接的に彼と関わる人物の詳細な描写は歴史書を読んでいる、あるいはドキュメンタリーの映画を観ているような錯覚を感じます。 幼い時からいじめられっ子で、共産主義に目覚めてソ連に亡命、帰国しても生活は苦しく家庭を省みずに社会活動にのめり込んでいく主人公の姿を想像される感情や会話で表現するデリーロの冷徹で容赦しない文章が重く圧し掛かります。 大統領に恨みがあるわけでもなく、暗殺の計画すら考えていなかったオズワルドが熱に冒されたように壮大な策略の一部になる後半に向け、元CIAのエージェントや資料を整理する政府関係者などのサブストーリーが絶妙にからみ進行します。 暗殺、逮捕、オズワルドの葬儀で母親が語る心中へと最後に文章が加速すると同時に重苦しさも増す構成。 JFK暗殺という大きな事件を犯人の側面から描いた作品ですが、悲劇的な大げささを排除して第三者的な視線から捉えた作家の技量は恐ろしいと思いました。
by yesquire
| 2009-04-16 23:36
| book